1988年7月6日 ヨーロッパ統合の現状と将来についてのジャック・ドロールの演説

【欧州委員長のジャック・ドロールによる、ヨーロッパ議会に対して行われた演説】

 ...私はそれゆえにあなた方に、どうやって10年以内にやるよりも多くのことを6ヶ月以内に何とかするか、ということを手短に話したい...

 まず、1988年2月に開かれた欧州理事会によって採択された、委員会の「総合的政策」の履行というものがあった。すなわちそれは、他の全ての支出と共通して適用される更に厳しい予算上の抑制を伴う、変化した国際市場の状況への共通農業政策の適応であり、枠組みの調節が認可され、数ヶ月先に調査のためにあなた方に届くであろうそれぞれの基金の具体的調整がその次に続くだろう以上は、構造上の基金を通じての側面の政策であり、そして最後にクリストファーセンの指導の下に進められる非常に重要な予算改革であるのだ。

 2つ目は、相互組織の協定の実行である。財政当局の2つの部門、つまり委員会と議会、の間の絶え間ない小競り合いの代わりに、相互組織の協定は、我々が年度予算を練り上げるためのより整然として分かりやすい手段を取れるよう、委員会と協力して財政当局の2つの部門によって結論づけられるべきである、と委員会が提案した時、大きなためらいと懐疑的態度があった...

 3つ目の重要な特徴は1992年の目標に向けた向上の促進であった。それはその6ヶ月が4つの自由、すなわち人、商品、サービス、そして資本のための移動の自由、を推進する戦略的解決を目撃してきた、という象徴的意味がないというわけではない。それらのうち第1のケースでは、国民のヨーロッパに向けたとても重要な段階でもある、公文書における相互理解があった。商品について言うと、ここで列挙するには私にとって有り余るほどの決定の幾多の連続があった。サービスについて言うと、2つの重要な決定、すなわち道路輸送と保険についての決定を我々は下した。そして最後に、資本の自由移動においては、我々がその第一段階をするには2年かかるにもかかわらず、ほとんど歴史的に重要な協定とも言うべきものがあった...

 私自身の感情は、何らかの形でヨーロッパ政府の始まりを見ない限り、我々は現在から1995年までに必要とされる全ての決定を[愚かにも下してしまう/何とかして下す]つもりはない、ということである。そうでなければ、下すべき非常に多くの決断、非常に多くの問題、非常に多くの遅延の原因があることだろう。これが果たしてどんな形をとるかということは、相変わらず憶測の問題である。

 意志決定における中心的存在の解雇については、私はドイツ連邦共和国やイギリス以外の国会が、何が起こっているのかを理解しそびれるべきだったことが、異常だったということに気付いた。10年後、我々の経済の法律の80%、そして恐らくは我々の財政上、社会上の法律でさえも同様に、共同体起源のものになるだろう。しかし10カ国の中にはこのことについて全く理解がない国もあり、同じ10カ国はヨーロッパ議会と国会の間で何の協力もしないのである。私が恐れていることは、それらの国会のいくつかがいつか衝撃に目覚めるだろうことであり、その憤慨した反応がヨーロッパ統合に向けての向上の邪魔になる更に多くの障害物を置くであろうことだ。

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