実施年月日 | 2004年8月9~10日 |
片道距離 | 134km |
参加者 | 管理人・アシスタント(計2人) |
目的 | (1) 喬木村の友好町村であるから。 (2)喬木にも流れる天竜川の河口に位置するので、ロマンを感じたから(笑)。 (3)天竜川に沿っていくので下りだけで楽だと思ったから。 (4)中学時代に一度交流会として訪れたことがあったから。 |
決行日は2004年8月9日(月)~10日(火)。予定では11日までだった・・・。「予定では」という理由はあとから分かる。
集合場所はHARA家。
集合時刻は午前5:00だった。
ルート的には標高1200m程度の「赤石隧道」というトンネルまで標高400mの居住地付近から上っていかなければならない。
そんなことをしたらその後の150kmの道のりに耐えることが出来なくなる。
そこで、名目上は「喬木から出発」ということになるように、赤石隧道までは車でチャリごと乗っけていくことにした。
到着は5:30過ぎ。
「矢筈トンネル」という、赤石隧道よりもかなりマシなトンネルがあるのだが、下りでの距離をかせぐために赤石隧道を選んだ。
→参照
赤石隧道の中は真っ暗で狭く、上から水が滴り落ちてくるほどだった。しかも長い。
ここを抜ければ喬木を脱出して上村に入る。
やっとのことでトンネルを抜けると、そこに真夏の暑さが・・・待ち受けていなかった。
寒い。寒い。寒すぎる。午前6時ほどだ。当たり前である。
管理人は半袖短パン、アシスタントは半袖長ズボン。
管理人は凍え死にそうな思いをした。
一度平岡(天龍村)までは車で下見をしてあり、この寒い下り坂もすぐに終わるはずと思っていた。
やはり甘かった。
長い。長い。長すぎる。
下り坂が終わるとそこには上村の役場があった。→写真・下ってきた山
スピードメーターをチェックした。
トンネルでリセットをかけた「走行距離」の表示は10kmを示していた。
感覚だけではなく、事実長かった。
朝食を少しとって、カソリンスタンドで用を足し、再びチャリに乗って国道152号線で南信濃村を目指した。
南信濃村にはすぐに入った。
短いトンネルを抜けて右に休憩できるところがあった。
そこでまた休憩を取り、朝食を完全にとった。
先ほどの寒さが腹に響いた管理人はトイレに直行せざるを得なかった。
アシスタントは強かった。さすがHARAだ。HARA=腹=Stomach・・・。
管理人の体調がびみょーなまま、休憩所を後にした。
しばらく行って、南信濃村の商店街っぽいところに着いた。
商店街の中に突っ込む道がまっすぐに続いていたが、まさか国道152号線とは思わなかったので、右に曲がる道を入った。
すぐに橋があり、遠山川を渡った。
その先を左に曲がり、152号線の看板を確認した。
左には「かぐらの湯」があった。南信濃村唯一の観光名所だ。そこの花が枯れていた。我らの先行きが案じられる。
少し行くと一本の道と合流した。後で見るとその道も152号線だった。
なんと距離的にはそちらを来たほうが確実に短かったのだ。→参照
工事中のところを通り抜けて、国道418号線に入った。
そこから天龍村までの道がかなり長かった。
まっすぐな緩やかな下りだ。
天龍村に入ると、JR飯田線の線路が見えてくる。
十方峡だ。
またもや狭いトンネルに出くわす。
十方峡トンネルという、片側通行・制限時速30kmの異質なトンネルだ。
通りにくさ満点。車の後ろを急いでついていかなくてはならない。
信号が変わってしまったら一巻の終わりだ。
運よく信号が変わらないうちに通り抜けることに成功した。
通り抜けた先にある交差点が、あさって帰ってくる予定の道との交差点となる。
ここから先は未知の道である。
そこから先の道は明日あさってと、同じ道を帰ってくるのだ。
飯田線の平岡駅までの道はやや上り道だった。
平岡駅を過ぎると急激に道幅が狭くなった。
「これが国道か??」と思うほどだ。しかし国道なのだ。
左側に飯田線の廃線が見えた。なんか壮観だった。
そこから先は記憶がないので県道1号線に入るところまで略す。
県道1号線の入り口に「この先工事中」の看板があった。
しかし、迂回路として表示された道は遠く、長く、とても行けるような道ではなかった。
「突っ切る。」そう決めた。
1号線に入ればすぐに県境だと思っていた。
その考えはやはり甘かった。上り坂もあり、距離は6km。
早くもあきらめムードになってきた。
何とか県境に着いた。あきらめずにやってみようという気が少し湧いてきた。(諦めたところで帰る方法はない)
県境には天竜川の県境らしき看板があった。→写真 →写真・県境
愛知県に入ったところにある富山村まではさらに6kmという看板もあった。 →写真・富山村役場まで・・・
愛知に入ってからは道路に距離を示す看板があり、6kmの目安にもなった。
当初の見解では下りだけだったのだが、実際の道は上りを含む下りだったのだ。
下りがあれば上りがある。自転車旅行の鉄則だ。
もともと150km下るのに標高差は400mなんだから考えれば分かることだ。
まあ、進むしかない。
途中、飯田線の大嵐駅(静岡県)に行くための天竜川を渡るためのつり橋を渡ってみた。
その先に謎のトンネル「夏焼隧道」があるのも行ってみた理由のひとつだ。
橋を渡ったところにばあさんがいた。すぐ目の前には大嵐駅があり、横のほうには夏焼隧道に続く道が見える。
管理人:「あのー、すみません。」
ばあさん:「はい?」
管理人:「この先のトンネルって通行できますかねぇ。」
ばあさん:「無理。」
管理人:「あ、自転車なんですけどそれでも無理ですか?」
ばあさん:「うーん。何しろ前崩れてそのまんまでなぁ、道に木が生えとるんだに。ライトもないもんで暗いで無理な。」
管理人:「分かりました。ありがとうございます。」
ガーン。
通れない。
夏焼隧道を使えば距離が短く、高低差もなくてすむのだ。→参照
(後の調べでこの道は普通に通れることが分かった。しっかりしてくれ、ばあさん。)
(しかし、さらに後の調べで、この隧道は通れるが、その先の国道が通行不能であることがわかった。→参照ページ)
まあ、仕方ない。
戻って再びスタートした。
そこから役場は近かった。
役場といっても、日本一面積が小さいとあって、非常に小さな役場だった。
役場付近はやや上り坂だった。
さて、このあたりで天竜川は一時的に(佐久間ダムまでの間)「佐久間湖」と化す。
天竜川の支流を渡るために、川によって作られた谷側(天竜川から離れる)へ大きく迂回し、橋を渡って再び天竜川が見えてきた。
天竜川に再会して少し行くと、県道の入り口の看板にあった工事が行われていた。
しかし、それは大したものではなく、5分ほど待って、出来立てホヤホヤの道路をチャリで進んだ。
この時点で既に10:00。このあたりはまだ150km中50km位しか来ていない。
しかも、最初の数十kmは下り坂である。絶望的だった。
憂鬱な気持ちでしばらく進んだ。
回りはさっきからずっと同じ光景のように感じられる。
また上り、また下り、またトンネル・・・の繰り返しである。
さて、そうこうするうちに、最大の難所(?)である猿ヶ鼻峠に差し掛かった。
もちろん、ここが猿ヶ鼻峠であることはすぐに分かった。
走り始めたときから地図をチャリに装着して、見ながら走っているからである。
ちなみにダイソーの「静岡県」地図だ。
猿ヶ鼻峠はあっさりと越えられた(ような気がする)。
そのうち、長かった富山村に別れを告げるときが来た!
豊根村の看板が見えたのだ!
川の橋を渡れば豊根村に入る、というところで休憩をとった。もちろん書いていないだけで、他でも休憩はとっている。
その休憩場所は、なんと携帯電話の「圏外」だったのだ!
今のご時勢、こんな辺鄙な地はなかなかない。
それはさておき、我々は休憩を終えたので出発した。
「豊富橋」という、ありきたりなネーミングの橋を越えて、豊根村に入った。
豊根村に入ってからは特にこれといった事はなかったが、
トンネルを3つ4つ抜けると、「新豊根地下発電所」というところに来た。
もちろん発電所自体は地下に入っているのでわからないが、外ではトラックがブンブン通って砂を運び出していた。
ここから来るトラックが道を通るときに危険なのだ。
トラックが通る理由というのを説明したら切りがないが、簡潔に言うと、
「湖底に蓄積した土砂を運び出すため」である。
その関連なのか、その付近ではよく分からない船が浮かんでいた。
進む速度も歩くより遅く、始めは何をしているのか分からなかった。
しかし、何隻も同じ船があることに気づき、土砂採取船、とでも言うのだろうか、
そんな感じの船に見えた。
そこからはトンネルの長さがだんだん長くなってきて、頻度も上ってきた。
もう少しで佐久間ダムというとき、とどめを刺すかのように3つの長いトンネルが連続して現れた。
松島トンネル・丸山トンネル・鰻墫トンネルである。
全てのトンネルの中の状態は全て決まっている。
1.手掘り
2.ガチゴチ
3.水溜り
4.トラックとすれ違いにくい
5.足元が暗い
だ。
環境は最悪。4番目の条件を避けようにも、曲がりくねったトンネル内を誰が予想できようか。(いや、できない。)
運に任せて松島トンネル内へ突入した!
車には遭遇せずに抜けられた。
丸山トンネルには惰性で突入!
こちらもセーフ。かなりの運である。
問題は鰻墫トンネルだ。このトンネルは今回の旅行史上最長のトンネルだ。全長はおよそ800m。
中はL字型にカーブしており、予想は不可能だ。
意を決して突入した。
最初は安全だった。
L字に差し掛かった頃だったか、恐れていたことが現実となった!
前からトラックが勢いよくやってきたのだ!!
幸いトラックの運ちゃんが気づいてくれて、スピードを落としてくれたので助かった。
ギリギリですり抜け、鰻墫トンネルを抜けると、そこには佐久間ダムが現れた。
久しぶりに開放的な空間に出たのだ!
すっかり安心して県境付近(佐久間ダムの中心)で休憩を長く取った。
しかし、ここまでの距離はまだ半分以下の70kmだ。
愕然としたが、こんなところでどうしようといったってどうしようもない。
佐久間ダムからの景色を思う存分に堪能し、静岡県佐久間町に入った。
→写真・佐久間ダムの景色1 →写真・佐久間ダムの景色2 →写真・ダムの上 →写真・ダムの上2 →写真・静岡入り記念